■塾長おすすめの本
■名古屋市の個別指導学習塾・大学進学予備校

名古屋の学習塾 青藍義塾の塾長

Author:名古屋の学習塾 青藍義塾の塾長
こんにちは。はじめまして。
名古屋市の個別指導学習塾・大学受験予備校の青藍義塾の塾長です。

これまで、社会不適合とレッテルを貼られた「不良」や、偏差値30の学年ビリ、ひきこもりやニート、IQ70の子などをを東大や慶応大、国公立医学部や私立医学部といった難関大学や学部に合格させてきました。

実を言うと、今の日本の教育には足りないことが色々とあります。社会・政府・学校・家庭・親・子ども自身のそれぞれに責任があるのはもちろんのこと、「時代」や「環境」のせいもあるでしょう。

ただ、道路があっても「人材」は作れませんが、「人材」があれば道路は作れます。

年金があっても「人材」は作れませんが、「人材」があれば年金は作れます。

医療費が大量にあっても「人材」は作れませんが、「人材」があれば医療費は作れます。

石油が大量にあっても「人材」は作れませんが、「人材」があれば石油に代わるものを生み出すことが出来ます。



つまり、「何よりも」教育が大事なのです。


そう、「何よりも」です。


教育さえしっかりとしていれば、家庭が豊かになります。各家庭が豊かになれば、社会が潤います。社会が潤えば、国が・地球が繁栄します。

自明の理です。


現在、日本の状況は幕末の状況と酷似しています。

だからこそ、21世紀の松下村塾を作り、21世紀の伊藤博文を、大村益次郎を、山県有朋を、高杉晋作を生み出さないといけないと思っています。


まだ、30歳ですが、吉田松陰は25歳で松下村塾を主宰しました。


私には、多くの海外留学経験があります。
吉田松陰が願ってかなわなかった留学経験が。

まだまだ吉田先生にはかなわないでしょう。しかし、これから彼を超えていかなければならない時代だと思っています。

歴史上の人物は偉大です。しかし、時代はそれ以上の人物を求めます。

ならば、我々がそうなろうではないですか。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■これまでの訪問者数

■メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

■フリーエリア

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
目線を変えてみた
今、色々と忙しいです。

「心」を「亡くす」と書いて「忙しい」なんてよく昔の人は言ったものですが、色んな仕事が重なって(←仕事が無いより断然いいのですが)やることだけは山ほどあります。 朝から深夜(早朝とも言う)まで働いています。大学時代のアメリカの友人達が見たら、「やっぱりNobuはワーカホリックだ」というのは間違いないでしょう。(ワーカホリック=Workaholic=仕事中毒)

 今日、朝から仕事で外に出て車で送ってもらい、その仕事が終わって駅まで歩いている途中に、上機嫌でバッグの中を見て財布を探したら、持ってきてないじゃないですか! 

 財布が無い⇒電車賃が出せない⇒ここから歩きかよ!

 なんて、0.5秒パニクった瞬間、ここで凹んだり悩んだり、焦ったりしても何の意味もない事を悟り、
(←これが私の特技です)

 「あー、俺、最近忙しい病になってるな」

 そう思って、ふと立ち止まりました。

 しゃがんで、道路脇を覗き込むと、アリがせっせとえさを運んでいました。一心不乱にわき目も振らずえさを運ぶアリに、「お前ちょっとは立ち止まって回り見てみろよ」なんて自分に言い聞かせるように声を掛けてみました。


 道路わきにしゃがんで、何分もありをただぼーっと見るなんて、ここ何年もやっていなかったことに気付いて、ついでに空も見上げてみました。















 どんより(笑)

080229_125912.jpg




 今日は午前中から仕事でうまくいったのもあり、気分が良かったんだけども、最後は結局、「どんより」空を見てフィニッシュ。

 気分もどんよりになりました。

 この辺がドラマとは違うなと思わず笑っちゃいました。

 普通だったら、忙しさで心を忘れかけている主人公が、ふと立ち止まって空を見上げて、その広さと自分の心の狭さを比べて、心を取り戻す・・・・・・そんなシナリオが思い浮かぶじゃないですか。





 気分良かったのにどんよりて。

 最後どんよりて。

 どないやねん。


未分類 | 13:08:48 | Trackback(0) | Comments(0)
記憶力に自信がある人、自信がない人
 記憶力があるとかないとか思っている人がいます。

 受験勉強をしていると、昨日覚えたことを忘れていたり、何度もやったことを思い出せなかったりして、それがかなり自信喪失を生み出したり、モチベーションの低下を促したりします。

 そこで、みなさんに覚えておいて欲しいことが一つあります。

 それは、

 忘れることは良いことだ

 ってこと。


 人間の脳みそは、全てのことを記憶しています。

 でも、忘れちゃっているように思えるのはなぜか。

 単純に「思い出せない」だけなんです。


 人間の脳みその容量は、バカみたいに大きくて、生まれてこの方全てのことを記憶しています。

 でも、容量が多すぎるからどこにその記憶をしまってしまったのかが分からない。

 だからこそ、「忘れた」ように勘違いするのだけれど、実を言うと脳みその奥底に眠っているわけです。よって、急に昔のことを思い出したりするんですね。あと、デジャビュの感覚なんて言うのは、偶然その隠していたところを見つけちゃったりした瞬間なわけ。


 で、忘れることは良いことだって大きな声で叫んだわけだけども、それはなぜか。


 みんな、物覚えが悪かったり、大事なことを忘れちゃったりすることが良いことな訳がないと思っているよね?


 でも、実を言うと、忘れることはやっぱり良いことなんです。


 なぜか?


 もし、全部を全て覚えていていつでも思い出せるとする。


 そしたら、嫌なこともいつまでも覚えていて、忘れない。



 人間って生きていると、「良いこと」より「悪いこと」や「嫌なこと」の方が多いわけです。


 朝眠いのに起きないといけないとか、お金がないとか、昨日親に文句言われたとか、友達から陰口叩かれたとか、彼女からシカトされたとか、好きな男の子に口が臭いと言われたとか、2年前にゴキブリが飛んできて顔にくっついたとか・・・・・・ほら、全部覚えていたら死にたくなります。


 いや、本当にね。


 だからね、人間の脳みそは積極的に忘れてくれているんですよ。

 嫌なことも楽しいことも。


 嫌なことを忘れたら、気分良く生きていける。


 楽しいことを忘れたら、次ももっと楽しめる。


 ね、だから、自分の記憶力のなさに感謝しましょう。

 そして、「すげー、私の記憶力のなさに乾杯♪」とちょっと楽しんでみましょうよ。

テーマ:大学受験 - ジャンル:学校・教育

効率的な学習法 | 04:03:02 | Trackback(0) | Comments(0)
ぶれない(Mixi日記 2006年12月16日より)
本日、ある生徒とこんな会話をしました。
彼は、ここ数年の塾の生徒で、一番「元々知識がある」子です。
小さい頃、サッカー好きのお父さんとワールドカップを見ていらい、「世界の国」に興味を持って、それ以来地図だとか地理の資料などが大好きになったそうです。
彼のお姉ちゃんも僕の教え子なんですが、彼女曰わく「あの子はちょっと変なんですよ。地理の資料集みたいなのを渡されて、”ねぇねぇ、ここからクイズを出して!”とか言ってくるんですよ(笑)」とのこと。

慶応大の経済学部志望で、過去問で現在英語9割・地理9割・小論文も8〜9割前後を取っちゃう秀才君です。(これはトップで合格するぐらいの実力)
元々英語がもの凄く苦手だったのですが、基礎知識があるのでグングン成長しました。正直、冬休み前の今ですら「不合格になる要素無し」といえるのは初めてかも知れません。
彼は知識が豊富かつ、芯がしっかりしているので、思想は僕と真逆なのですが、話をしていて非常に面白い。彼は、その豊富な地理の知識から、「地形的、人口的、民族の性質的にも、経済大国の維持よりも日本は福祉国家を目指すべきで、小さな政府を目指すのは間違っていると思う」というようなことをすごく粛々と話してくれるんですね。で、僕はそんな彼に噛みつきたくなる(笑)




今日も小論文の指導中に、こんな会話をしました。



彼:「安部首相のいう、法人税を減税することで設備投資を促し、それによって収益をださせて、それが家計を潤して消費活動をさせるという考え方は、理屈は分かるけどなんか違う気がするんですよね」

僕:「ほう。なるほど。じゃあどうすればいいと思うの?」

彼:「法人税を上げるべきだと思います。」

僕:「それは、個人よりも会社からお金を取るべきだという発想からなの?」

彼:「いや、違います。国債発行高が600兆ぐらいあるなかで、税収を確保するためです。個人からも会社からも取るべきだと思います」

僕:「なるほど。でも安部首相がいっている意味は分かるんだよね?法人税を上げたら会社の利益圧縮は避けられないよね。そうなると、倒産する会社やリストラを増やす会社は増えるんじゃない?それに、確かに設備投資もすくなくなって競争力の低下は免れないよ?」

彼:「うーん。そこに嘘がある気がするんですよね。じゃあ、本当に法人税を下げ続ければ消費が増えるのか!?といわれて、なんかニワカに信じがたい。それにですよ。人口減社会だと言われていて、確かに競争力の低下は免れないかもしれないですけど、これから人口が半分になる社会で今の経済力を維持するのはもともと無理だと思うんですけど。先生は安部首相のいっていることは正しいと思いますか?」

僕:「お。良いふりだね。言っていることは正しいと思うよ。その通りでしょ。でも、明らかに建前だね。絶対ならないと断言できるね(笑)本気で安部さんがそう思っているとは思えない。」

彼:「なぜですか?」

僕:「なんでだとおもう?」

彼:「うーん。例えば、貯蓄が増えるとか?」

僕:「貯蓄?どういう意味?」

彼:「家計は潤ってもそれを消費に使うのではなく、貯蓄するという意味です」

僕:「なるほど。確かにそれもあるかもしれないね。ただね、俺が明らかに建前だっていったのは、この理屈は"誰もが善者であり、ピンハネしない"という仮説でのみ成り立つってことなんだよね。まぁ大抵の理想論はそれを前提としているからね(笑)それに騙されたらダメだよ」

彼:「ああ、もしかして、法人税を減税しても設備投資に使うとは限らないし、ましてや利益をあげたとしてもそれが家計を潤すかどうかは分からないって事ですか(笑)」

僕:「そう。さすが。勘が良いね。つーか、分からないじゃなくて、家計を潤さないでしょ(笑)ほぼ間違いなく。じゃあ、なぜ安部首相はそんな実現し得ない理想論を語るのか?」

彼:「経団連とかのためですかね。汚いなぁ本当に。」

僕:「さぁ? 少なくとも俺はそんなことは言ってないからね?(笑) 安部首相〜!S君がこんなこといってますよ〜。」


と、最後は必ず冗談でお茶を濁すのですが、こういう会話ができるのって幸せです。

ちなみに、教育改革について語ったときに、僕が

「最近の子って本当に常識がないんだよね。第二次世界大戦を知らないんだぜ?東西南北が分からないんだぜ?もはや常識どころじゃないとおもうんだけど、君は異常に知ってるじゃん?なんで?何がそうさせたの?どう変えればいいとおもう?」と聞くと、


彼曰く、「学校がどう、教師がどう、社会がどう、システムがどう・・・・・・じゃなくて、単純に親の問題だと思いますよ。うちの親、食事中に例えば経済の話とか・・・・・おもに新聞からですけど話を振ってきますもん。だから必然的にそういうのに興味がでるんですよね。毎日新聞読むし。ニュースも見る。たいてい、母親と話すと意見が正反対なんですけどね(笑)それでも、知的刺激を与えられ続けているという意味では、塾だけでなくて家でも与えて貰っていますよね。やっぱ母親の影響は大きいです。そう言う意味では、学校や教師はどうでもいいかなぁ。だって、みんなにあわせた、標準化された知なんて面白くないですよ。僕には僕の知りたいことがあるし、性格を分かった上でうまくそれにあわせた話を振ってくれてトレーニングしてくれるのが母親であり、ツボタ先生って感じがしますね。」とのことでした。

なるほど。母親かぁと妙に納得しましたねぇ。
そういえば、僕も食事の時間に色んな話を母親としたなぁと振り返ってみました。

母親に認められたい、父親に認められたいって意識って子供には少なからずありますよね。

では、子供の常識がないのは、親が常識がないからだといわれれば、妙に説得力ありますよね。しかもそれを子供の口から聞いたので納得しました。(笑)


テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

コラム | 03:14:48 | Trackback(0) | Comments(0)
勝負強さと努力保障(Mixi日記より 2006年10月21日)
http://seirangijuku.blog28.fc2.com/blog-entry-10.html

↑みなさん、この日記・・・・・・覚えていらっしゃるでしょうか。ええ、とにかく勝負弱い男K君(2008年坪田注:前回の記述は、Mixi上では3ヶ月前に書いていたものなのです)。



実は、彼から先週の土曜日に久しぶりに電話がありました。

「先生ですか?お久しぶりです。Kです」

「お!久しぶりじゃん!おまえ元気か!?」

「はい。おかげさまで!先生も元気そうですね〜。ところで、僕、もう4年なんですけど・・・・・・」

「なに?もう卒業か?早いな〜。で、なに?就職決まった?それとも、あれか?また試験で失敗したとか?(嘲笑気味に)」

ま、実は心の中では、就職でも決まったので電話をしてきたのかな〜と思っていたのですが、憎まれ口をたたきました。(笑)


「いやぁ、実をいうとですね。僕、大学院行くことになったんですよ。」

「ほー、どこの?」

「東工大です」

・・・・・・。東工大って、あの東京工業大学か?日本のマサチューセッツ工科大ともいわれているあの理系最難関の?

「え?今なんていった?」

「東工大の大学院です!」

「嘘付けよ(笑) おまえ、院試あるだろうが。うかるわけ(以下略)」

「アハハ。先生相変わらず毒舌ですよね(笑)いつか訴えられますよ、絶対。(笑)いや、実は、僕、○○大(某国立大)に行ってるじゃないですか?全部「優」で、しかも論文が良かったんですよ。だから、院試なしでOKでした。ええ。勝負弱い僕でも合格できました。だから自慢しようと思って」

「(爆笑)すげーーーー。それすげーーーー。え?何?院試無しで教授推薦みたいな感じ?」

「はい。」

この瞬間に僕はかなり感動しました。どれだけ努力しても報われない男だったK君。実力は人一倍ありながら、本番で常に自分に裏切られてきた男K君。それが、努力を続けたおかげで、日本で最難関の一つの大学院に合格したんです。

僕は、彼のおかげで「努力って報われないんだ」と信じていました。そして、それが厳しい現実であり、ドラマとは違う部分だと感じていましたし、このK君の話自体を多くの生徒に話してきました。

「現実は厳しい。どれだけ努力しても、本番に弱ければそうなる。だから、最善のことを期待しながらも最悪に備えなければならない。でもな、ぶっちゃけ、努力しても報われないこともあるのが現実だ」

と言ってきたんです。それはある意味で悔しくもありました。彼の努力は量もそうですが、質もあった。しかし、見えない壁のようなものに跳ね返されていたんです。それでも彼はくじけませんでした。

彼は言ったんです。

「正直ね、先生。大学入試の時の合格発表で塾に来て合格の報告をしたときに、先生ものすごく喜んでくれたじゃん?良かった良かったって一緒に喜んでくれたでしょ?あれね、すごくうれしかったけど、同時に屈辱でもあったんだ」

僕は彼の言葉に呼応して続けました。

「まじか!俺もそうだよ!うれしい反面、なんでこんな仕打ちを受けないといけないんだって悔しかったね。おまえはこんなところで喜ばないといけない奴じゃない。なのに、本当にホッとしている俺は何なんだと思ってたよ。ああ。あれは一言で言うと屈辱以外の何者でもなかったね。もちろん、悪いところじゃないよ。わかってる。でも屈辱だった。」

「でも、負けちゃいけないと思ってがんばったんです。塾でやったこと、間違いじゃなかったと思う。だって、大学でやったことみんな簡単だったもん。英語の論文とかもさ、はっきりいって辞書なんか一度も使わずにスラスラ読めたし、論文も書けた。やった甲斐が本当にあったんだよ先生」

「おまえところで専攻は?」

「ヒートアイランド現象を研究するんです」

そう、彼は環境問題に取り組みたいという高い志を持っていたのです。僕がゴミの分別をほとんどしないと言ったら、鼻息を荒くして怒っていたものでした。

「そうかぁ、やっぱ環境問題か〜。夢を追ってるんだな」

「うん。おかげさまで。先生、最近はちゃんと分別してる!?」

「・・・・・・う、う、うん。(小声で)」

「・・・・・・今度また塾に行って直接自慢しに行くよ。そのときには、分別の仕方また教えるから!」


僕は感動しました。
努力は報われるんだ・・・・・・そう改めて思いましたね。
これがゴールではないけれど、彼なら何かを成し遂げる気がします。


テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

コラム | 02:10:40 | Trackback(0) | Comments(0)
勝負強さ(Mixi日記より 2006年7月28日)
3年ほど前の生徒でK君という男の子がいました。
彼は地元ではトップクラスの進学校に通う非常に優秀な子でした。まず純粋にテストの点数が取れるし、頭も切れる。質問事項が他の生徒とはレベルも視点も量も違う。こいつは本当に頭がイイやつだと思っていました。また、非常に素直でこちらの指示をちゃんと守り、勉強のペース・質ともに志望大学に合格する上では、充分すぎるほど順調に時を重ねていたと思います。

彼の志望校は大阪大学でした。もちろん、東大・京大・阪大というほどの難関校です。そう簡単に入れるものではありません。ただ、僕は彼が合格することになんの疑問も持っていませんでした。これまで何人も東大・京大・阪大・慶大・早大といった超難関校に合格させてきている上で、実際に合格した生徒よりも確実に優秀兼真面目だったからです。

国公立大学の受験は1月初旬のセンター試験で始まります。お正月明けのセンター試験の点数+2月に行われる各大学の2次試験の結果を総合して合否が決定するのです。そして、難関校であればあるほど、センター試験(共通試験)の比率が低く、自分たちの大学で作る2次試験の比率が高くなります。実際、東大などはセンター:2次=1:9 ぐらいの割合になるので、ある意味ではセンターはあまり重要ではありません。しかし、そうはいえども、国公立受験生のほぼ全員が同じ試験を受けるわけですから、必然的に「自分の位置」が正確に分かるわけです。同じ大学を受ける学生の中で「同じ基礎試験を受けたら何番だったか」というのは、2次試験の結果を占う意味でも非常に重要になってきます。

塾では、12月になるととにかく徹底的にセンター試験の過去問題演習を行います。一般的な国公立大学の合格ラインは70%以上になります。この時点で7割を切ってしまった生徒は「さよーならー。またらいねーん」となるか、私立大を目指すことになります。旧帝国大学と呼ばれる国公立の名門校では、大体8割が目安となります。85%の得点を取ることができればほぼどこの大学でも大丈夫なわけです。

当時は、
英語200点・数学200点・国語200点・社会100点・理科100点の800点満点でした。(現在は、英語250点・数学200点・国語200点・社会200点(文系)社会100点(理系)・理科100点(文系)理科200点(理系) の950点満点)でした。

12月の過去問演習で、彼は800点満点中700点以上を連発していました。最高点は760点ちょっと、平均でも720点ちょっと。

ハッキリ言って化け物です。センター試験の成績だけを考えれば全国でもトップクラスであることは間違いないですし、東大を狙っても充分お釣りが来るレベル。

2次試験の目安になる模擬試験の成績も、大阪大学オープン模擬試験という某K塾が主催している試験で、全国4位でした。

仮にセンターを失敗しても2次試験で多少失敗したと感じる状態だったとしても間違いなく合格します。

僕は、冬期講習途中で不安そうな顔をする彼に、半ば冗談で「お前、これだったらセンターを左手で解答しても合格やな!(笑)」といったりしていました。すると彼は、「いや、右手でかいても左手でかいても考えるのは同じですから!(笑)
なんて、ちゃんと突っ込んでくれるほど余裕もありました。

「つーか、お前が受からなかったら誰が受かるんだよって話だよ」

「いやぁ、僕・・・・・・本番に弱いんですよ・・・・・・実は・・・・・・」

「どういうこと?」

「実は、高校入試でも、僕本命に落ちたんです。」

そう、実は彼の高校は名古屋市全体では三番目の公立高校なのです。彼曰く、本命を滑ったので現在の高校に落ち着いたのだというのです。

「へぇー、そうなんだ。知らんかったな。お前、中学の時内申点いくつだったの?」(←愛知県の高校入試はほぼ100%内申点で決まります)

「45っす」

(注:内申点の満点は45で、彼の第一志望のA丘高校は大体42以上で合格します)

「はぁ? お前、確かK丘中出身だよな?」

(注:K丘中は名古屋市で最もレベルの高い中学です)

「そうです」

「いやぁ、それはおかしいって(笑) 意味が分からん。絶対合格ラインじゃん(笑) 何? 何があったの? 入試の時に高熱でも出したの?」

(注:ちなみに、僕は高校入試(本命)の時に39.8度の熱を出しました(笑))

「・・・・・・緊張しまくって、何を書いたか分からない状態でした」

「いや、お前仮にそうだとしても、K丘中で内心が満点なら、仮に相当入試で失敗してもうかるはずなんやけど」

「でも、落ちたんです>< つーことは、相当本番が酷かったって事なんです。」

「ふーん。普段の模試で平均何割ぐらいとってた?」

「98%以上取ってました」

「ドーン(笑) お前勝負弱すぎ!!!! (ゲラゲラ)」


1000回戦って1000回勝っていた相手に1001回目で敗れた・・・・・・みたいな状態です(笑)

「まぁでも、ほら、それ中学の時やろ? 成長してるって(笑)」

「いや、でも、もう既に緊張してるんです」

「え? まだ12月やで? 緊張するのは前日とか本番当日ちゃうの?」

「でも、緊張して夜も寝れないんです」

もうね、爆笑ですよ。申し訳ないですが。

結局、そんなことを今更告白されてもどうしようもありません(笑)とりあえず話し相手になってやったり、色々と試しました。で、本番が終了し、自己採点をして彼は塾にやって参りました。


「・・・・・・お前、顔が"失敗しました"っていってるんだけど^^;」

「えー、予想通り撃沈しました。来年もよろしくお願いします」

「撃沈て何点?まさか600点とか?嘘やろ?」

「いや、508点でした!」

(思わず爆笑)

「いや、いや、いや、にーさん、それまじ?」

「まじです!!!!!」

「・・・・・・それ、"失敗した"とか、そういうレベルちゃうねんけど(笑)貴乃花がワンパク子供相撲大会にゲスト出演したらころっとまけちゃいました的なノリやねんけど、それ(笑) あのな、40点・50点予想より低い子=撃沈 やねん。200点以上したの子って・・・・・・。それ、ちゃんと計算し直してやるからみしてみ」

(再計算・・・・・・何度計算しても508点でした)

「まぁ、ほら、お前は二次が本番やろ? 全国4番やで。実際、センターこれだけ酷くてもお前が2次で普段通り・・・・・・いや、普段よりちょっと悪くても絶対逆転できるから。安心しろ!」


・・・・・・本番とは言えないようなセンターでそこまで極度の緊張を催す彼が、センターで失敗したものを「取り返す」必要がある本番で、実力を発揮できるはずもなく、もちろん落ちました。


そして、翌年、彼は模試で全国1番を記録するなど、更にパワーアップしました。もちろん、今度はセンターの過去問では平均も10点ほどアップ。もう、鬼に金棒状態でした。

結果・・・・・・

520点。。。。。。






去年より12点アップ!おめでとう・・・・・・。

って、オイ!



・・・・・・お前、入れる大学あるのか?



と、心配したのですが、やはり基本的に力のある子なので、一応レベルを3段階ほど下げまして、国公立大学に合格しました。


にしても、あれだけ勝負弱い子はいません。

ただ、最近は賢い子ほど勝負弱い傾向にあるような気がします。元々あほな子はやたらと勝負強い(笑)


どうやったら勝負強さって身に付くんでしょうかね。
やっぱり、そういう極度の緊張を催す「場数」慣れしてないと言うことなんでしょうかねぇ。


テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

コラム | 02:07:24 | Trackback(0) | Comments(0)
ナムナム(Mixi日記より 2006年7月)
dabutsu.jpg


↑上の写真・・・・・・

ダウト!

がありますよね?

分かりますか?ちょっと考えてみてください。






そう、阿弥陀仏を「物」って書いてるんですよこのおバカちんは

ちょうど、生徒たちの勉強がはかどっているかなぁ〜と思って見回りをしていると、いつもはあまり勉強せずにフラフラーっとしているM君が、一生懸命何かを書いている背中を見つけました。

「おっ」やっと改心したか。なんて思いつつ、近づくと、上の写真の言葉を必死で書いていました。(笑) その姿ですら非日常的で面白いので、大笑いしながら、

「お前さ、なんでナムアミダブツなん?」

と聞いたところ、

「いやぁ、この前おばあちゃんが死んだじゃないですか?で、僕習字習っていたんで、供養の一環としての掛け軸にナムアミダブツって書いてくれって言われたんですよ。で、今度書くんで練習しようと思ったんですよ」

と答えるMくん。

「ふーん、そうなんや。なるほどね、それなら分かった・・・・・・けど、俺も今まで色んな生徒を見てきたけど、ブースで写経してた子は居なかったなぁ。そうだ、お前練習の成果をみせてみろよ。今ここで書いてみ」

といって、書かせたお経が↑。。。。。


僕はこれを見た瞬間に

「あれ?なんか変だなぁ」

と思ったんです。でも、何が間違っているのかよく分からなくて、

「ねぇ?これってなんか変じゃない?」

と聞くと、

「そんなことないですよ!携帯でちゃんと変換して調べましたもん!」とM君は強硬に反対するわけですよ。


「あ。分かった。普通さ"阿弥陀仏”なんだから、仏なんじゃないの?」

「ちがいますって!僕携帯で変換しましたもん!

「えええぇぇ?そうなのぉ?(←寺の息子のくせに実は微妙に自信がない(笑))よし、日本史の資料で調べてみよう!」

といって、調べてみたらやっぱり「仏」でした。(←そりゃそうだ)


「お前・・・・・・練習段階で知って良かったな。南無阿弥陀って・・・・・・死んだばあちゃん成仏できひんぞ(笑)しかし、このダウトは精巧にできてるなぁ。ウォーリーを探せ並だ!これさ、お前ジョークで一度"物"で書いてみ。親戚が気づくかどうか(笑)」

「わっかりましたぁ〜。それ面白いですね。」


なんて、ふざけた会話を今日嬉々としてしてきました。








2008年坪田注:結局、彼は国公立大学にちゃんと合格しました。よかったよかった。


テーマ:すべらない話 - ジャンル:お笑い

コラム | 13:38:10 | Trackback(0) | Comments(0)
なぜ人を殺してはいけないのか?(Mixi日記より)
 私は、「Mixi」を2年近く続けているのですが、日記が膨大な量になってきたので、そろそろ整理する意味も含めて(また、自分の中でのニュアンスが変わってきた部分もあるので、)一旦読み返しています。で、自分なりになかなか面白いことを書いている文章をこちらのブログに引っ張ってこようと思います。今日はその第一弾。

----(以下、自分のmixi日記より抜粋、2006年7月25日)

 僕は基本的に英語の先生なのだけれど、実は一番時間をかけているのはマネージメント以外では「小論文」だったりする。なぜかというと、最近の生徒は常識も教養も日本語の知識もあまりにも貧相だから、説明して理解させるだけでも異常に時間がかかるからだ。普通だったら直接教えたい情報を伝えればすむのだけれど、その周辺知識がなさすぎるために理解がしづらい。よって、周辺知識を教えようとすると、それすら分からない。その周辺知識が・・・・・・となって、無限大に広がっていく(笑)

 ある日本語の単語の意味が分からないので国語辞書で調べさせたら、その意味が分からず調べて、更にそこにでてくる単語の意味が分からないからそれを調べて・・・・・・と10回以上調べさせたこともある。まぁそれはそれで「無駄」ではなく、生徒の「印象」を形成するので実はあるのだけれど、こちらとしてはちょっと辛い部分もあったりする。

 ここで本題に戻したい。小論文を教えるのには時間がかかる。基本的な知識もないけれど、なんというか「考える」姿勢みたいなものがまだ身に付いていないので、うちの塾では「14歳からの哲学」という本を使い、それを要約させることで「考える」とは何かを身につけさせる。

その中に、「なぜ人を殺してはいけないのか」という項目がある。

 僕自身、高校生の時に永井教授という当時信州大学で哲学(?)を教えている日本でのニーチェ研究の第一人者の本を読んで考え込んだ経験があったし、大学ではそういう勉強をしたので、それこを頭がパンクしそうになりながらも必死で思考をして一定の結論を導こうとした経験がある。 その本には以下のようなことが書いてあった。

 あるパネルディスカッションで、ある学生がタイトル通りの質問(「なぜ人を殺してはいけないのか?」)をした。すると、パネラーだったノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏は、激怒し、「そもそも、そういう質問をすること自体が問題なのだ!」と答えたという。

 それに対して、永井均教授は本の中で、「大江健三郎のそういう態度が問題なのだ」と揶揄していて、その時の文章が余りにも面白くて大笑いした記憶がある。 (2008年の坪田注:あ!青藍義塾のセミナーに一度永井教授にきていただけないかオファーを出してみよう!私自身も若い頃から一度お会いしたかったし!)

 では、本題に戻ろう。



 「なぜ人を殺してはいけないのか。それとも殺しても良いのか」

 そう、子供に質問をして欲しい。いや、もし考えたことがない人は自分に問いつめて欲しい。

 多くの人は「人を殺すことはいけない」と言うだろう。 少し賢い人であれば「状況次第だ」と言い、"正当防衛"や"戦争"のことを持ち出すだろう。しかし、それでも「良いのか」という答えにはなっていない。

 つまり、「正当防衛や戦争では、人を殺すことが罪にならない」だけであって、「良い」か「悪い」かという答えにはなっていないのだ。

 多くの人は「人を殺すことはいけない」と至極"常識的な"判断をし、その理由として「かわいそうだから」といい、あるいは「法律でそう決まっているから」と答える。

 では、考えて欲しい。(←ってなんか偉そうだな(笑)まぁ、生徒に言っていると想像してください(笑))


 「なぜ」かわいそうだと言えるのだろうか。

 死後のことなんかわからない。そもそも、死後は最高のもので、実は現世なんて死後の世界に比べたら地獄みたいなものなのかも知れない。早めに死ねば死ぬほど最高の待遇を味わえるかも知れない。なぜ、意図せずに死ぬことが「かわいそう」だと言えるのか。世の中には自分が意図していないことだけれど、他人(主に親)にイヤイヤやらされていたら実は後々良いことだったなんてことは山ほどあるわけで、本人の意志を常に尊重すること=良いことという訳ではないのは明らかである。 逆に、当時は嫌だったから意地でもやらなかったけど、ちゃんとやっておけばよかったなぁ〜と思うことはいくらでもあるだろう。死だって同じかも知れない。もっと早くに死んでいれば、ああ、あの暗殺者に素直にやられていれば・・・・・・、ああ、あの苦しかったとき自殺していれば、こんなに素晴らしい機会をもっと早くそして濃く体験できたのに!にとなる可能性だってないとは言いきれない。であるならば、「かわいそうだ」と決めるのはせっかちすぎるのではないだろうか。 (2008年坪田注:自殺を奨励している、あるいは殺人を奨励している訳ではありません。全く違いますので誤解のないようお願いいたします。→こういっておかないと、読解力に乏しい人は、教育者としておかしい!とか言い出し始めるので念のため注で書いておきました)

 法律で決まっているからという理由は最悪だ。正直、こんなことは説明したくもないが、法律なんてのは、僕を含めた無知な存在である人間=国民の代表の集まりである国会で作るわけだ。いわばキングスオブ無知が"完璧”ものを作るはずがない(笑)

 事実、歴史上糞みたいな法律がやまほどできている。(例えば、治安維持法であり、例えば国家総動員法であり、生類憐みの令であったり、中世では魔女を殺してよい法律すら出来ている)大体、法律なんてものはある意味「国家権力」なわけだ。国の強制力。その国は時に、殺人を奨励する。最高の殺人鬼を英雄と呼ぶ。戦争では。

 また、社会契約論を持ち出し、「人を殺してもよい」ならば社会が成り立たなくなるという理由を考えさせたこともありますが、それでもやはり弱い・・・・・・かなと思う。(もちろん、本来の正解は、この社会契約説が有力です)


 ある生徒なんかは、迷いもせずにこういった。

 「命は尊いからです」

 最近の若者にはない、すごくピュアな答え。こういう"感性"は大事にしたいが、ここはあくまで小論文(=思考のボクシング)の練習である。自分の感覚や感性をただ羅列するだけならば、点数には全くならないし、そもそも、哲学の姿勢として、相対主義を全て認めていると、思考の停止に最終的に行き着いてしまう。

 「そう。素晴らしいね。じゃあ聞くけど、その命の尊さに差はあるかい?つまり、この命はあの命より尊いとかってあるのかな?」

 「ありません。全て平等です!」

まぁ予想通りの答え。

 「君は今まで優等生を地でいっていたんだろうね。そんなことはないと思うよ。命は尊くないし、厳然とした差があるよ。この命よりもあの命の方が尊いなんてことはざらにある。」

 僕がそう答えると、その子は僕を汚らわしいものを見るかのような目でにらんだ

 「まぁそう怒らないで。じゃあ聞くけど、君は焼き肉好き?豚丼は? はたまた、馬刺しなんてどうだろう? 刺身は? 俺は大好き」

 もちろん、その瞬間彼女はハッとした顔をして僕の言いたいことに気がついた。 そして血相を変えて叫んだ。

 「それは話が違います!私は人間の命の話をしているんです!」

 「ふーん。じゃあ、人間の命と動物の命に差はあるけれど、人間の中では差がないっていうの?その根拠やいかに!」

 こんな感じで生徒を毎日いじめるわけです。(笑)


 僕は、こうして、生徒にギリギリのギリギリまで「思考させて」、今まで漠然と考えていた「常識」に徹底的にメスをいれさせ、最終的に「人を殺してはいけない」ということを理論的に説明します。

 というか、生徒を誘導します。生徒達は「なるほど」と納得し、僕は現在青少年達が殺人を犯すことというのは、いわば人類の「退化」の証だと結論づけます。

 そりゃね、こんなことを小論文指導でやっていたら時間がかかります。大変です。 でも、だからこそ無制限かどうかって大きいんですよね。

 でも、こういうディベートみたいな思考訓練を繰り返すと、単純にテストの点数では現れない「能力」みたいなのが確実にアップするんです。 本当に、テストではこれを表すことができないのが辛いです。でも、確実に学力(自分や他人、周囲や社会の問題点を発見し、解決する能力)をアップさせます。地力がつくんですよね。時として、社会に蔓延している「悪しき常識」を覆すためにも、このような思考が出来る人でなければ、日本や世界を変えることはできないと考えています。(そのためにも、このような極端な例におけるディベート訓練ってすごく大事なんですよね。一部だけを聞かれると、僕の主張が異常人格者のように取られがちなのですが。なので、生徒には、この話は誤解を招く可能性があるから保護者や友達にはするな!なんて言いながら指導をしています(笑))

 あと、僕は生徒に「コーネル大学方式」のノートの取り方を薦めています。これは大人になっても本当に役に立ちましたし、実際その取り方をすると、いかに「会議」の大半がくだらないものだったか、無駄な時間を過ごしたかというのを痛感させられます。

もし需要があったら紹介させて貰います。



---(終わり)-----


で、結局「なぜ人を殺してはいけないのか?」の答えはって?


そりゃあ、あなた、塾生じゃないと教えませんよ。(笑)


テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

コラム | 12:37:30 | Trackback(0) | Comments(0)
「本物」との出会い
最近、出会い方が尋常ではありません。日本語がおかしいのは100も承知で、あえてこの表現にさせていただきました。だって、まさに出会い方が尋常じゃないからです。



 塾生のお母様がマッチングをしていただいたおかげで、昨日の夜、美容師の山本真由美さん、川合奈緒子さん、伊藤順子さんのお三方とお会いしました。

もちろん、塾生2名とお母様も参加していただき、計7人で色んなお話をさせていただきました。



 簡単に、ご説明をさせていただくと、



 山本真由美さんは、こちらのページにその詳しいプロフィールが書いてありますが、TVチャンピオンの全国美容師選手権で二度優勝したり、数々のコンテストで受賞暦があるなど、美容師道の超一流の方です。



 川合奈緒子さんは、山本さんの実妹であり会社幹部である方。アートディレクター。

伊藤順子さんは、山本さんの秘書兼、会社の頭脳。コーディネーターです。

 
 皆さん、三者三様の素敵な方々でした。

 人間は、一人では生きていけませんし、一人で行動するとやはりどうしても「壁」が生まれます。

 それは、時間的な壁であったり、行動力の壁であったり、資本力の壁であったり、さまざまな制約が生まれてきます。

 簡単なたとえならば、営業が3人の会社と100人の会社、1ヶ月の売り上げが多いのは一般的には後者でしょう。なぜなら、行動する範囲が変わってくるからです。もちろん、たまに3人の方が圧倒的に良い成績だったりもするのですが、それはまた別の話です。

 で、大抵の場合「3人」というのはチームを作るうえですごく重要な人数だったりします。

 一般的に、数を数えたりするときにも4つ以上を一気に、正確に視認するのは難しいので、例えばお札を数えたりするときもプロは3枚ずつ数えるそうです。

 あとは、羊飼いも3匹ずつを数えるとか。

 このように、「3人」というのは効率的なグルーピングなんですよね。


 5人いたら一人は無能な人が混ざりますが、有能な人が3人1グループと言うのはありえます。

 そして、組織において重要なのはその個々がそれぞれの役割を的確にこなすことです。


 私のような若輩者が、分析するのもおこがましいこと甚だしいのですが、僭越ながら「ミスエッセンス」の三人様は、山本さんが「カリスマリーダー」の役割を、川合さんが「調停者」、伊藤さんが「実務者」の役割をそれぞれ偉才を放ちつつこなしていらっしゃるように思いました。

 基本的に、お話をさせていただいたのがカリスマである山本さんでした。

 元々「カリスマ」とは、「神の賜物」を表します。そして、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが、「非日常的・超人格的・超自然的な資質を有する者」として「カリスマ」を定義しました。

 まさに、山本さんは、「美・・・・・・それも、非日常的な空間と技術、そして超人格的な雰囲気」を持って、人を魅了する人物でした。

 山本さんのあまりのあふれる才気で、話が膨らみ、収集が付かなくなったところを川合さんが的確に話を戻して、伊藤さんは話を振られたときにだけ的確な答えを出される・・・・・・というチームワークに脱帽でした。

 
 何よりも、私のような若輩者(年齢にして10歳以上違う)からも、学ぶべきところがあるのではないかという姿勢で、ずっとメモを取りながら話を聞かれる点が、まさに超一流の証ではないかと思いました。

 私は、これまでに世界的に有名な方、その分野の第一人者、世には出ていないが実は達人であるという方に数多くお会いしてきましたが、その「全員」の姿勢がまさに同じでした。

 中途半端な人は、偉ぶりますが、超一流の人は、貪欲に「学ぼう」とします。

 他人の悪いところからすら学ぼうとする姿勢、それがまさに自分の問題発見につながることを感覚的にしっていらっしゃるのではないかと思います。

 「人の振り見て我が振り直せ」と、昔の人はすばらしい格言を伝えてくださっていますが、私の師匠の一人は、「未熟者からこそ学ぶことは多い」と仰っていました。

 まさに、今回の場合は私が未熟者でして、そこから何かを得ようと(あるいは反面教師にしようと)していらっしゃる訳です。

 本当にすごいと思います。


 今回、特に学んだことは、やはり「素直さ」と「諦めない心」そして「笑顔」の大切さ。


 結局、日頃の”生き方”が人の人格や実績の全てを作っているんだなということを実感させられました。

 逆に言えば、私のように才能の無い人間でも、志を持って生きれば、時間は掛かっても、大輪を咲かすことは出来ずとも、何らかの美しい花を咲かせることが出来るのではないかと思いました。


 一つ恥ずかしかったのは、やはり、私は中学のとき美術は2でした。(ちなみに、それ以外は5でした(エッヘン)←かなしい威張り方ですが 笑)

 正直、美的センスにかけます。絵も字も下手です。

 日本一の美容師さんにお会いするのに、あのボサボサの髪はどうだったんだ!?としきりに反省しております。


 今回、こうして日本一のチームにお会いできたことで、心の奥底に眠っていた不安のようなものがすっと消えました。

 川合さん曰く、山本さんは家族一不器用だったそうです。

 しかし、「継続力」によって感性を磨き、技術を極め、日本一になったとのこと。


 これって、すごいことですよね。


 諦めない気持ち、向上心、素直さ。


 ビジネス書には必ずと言っていいほど書いてあることですが、やはり目の前の人物が語ると根本的に違います。


 先日のモスバーガーの櫻田社長のセミナーも感動しましたが、今回の山本さん・川合さん・伊藤さんとの出会いは私自身にとって、また人生の大きなターニングポイントになると信じています。

 本当にご足労頂きありがとうございました。


 そして、Mさん、今回のミーティングをセッティングしていただき、本当にありがとうございました。

テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

日記 | 03:06:53 | Trackback(0) | Comments(0)
ちょっぴり良い話。時間の大切さ・投資について
以下、ちょっぴりいい話です。アメリカの教育心理学者であり作家の人が書いた詩です。


--
次のような銀行があると考えてみましょう。

その銀行は、
毎朝あなたの口座へ 86,400ドル を振り込んでくれます。
同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。
つまり 86,400ドル の中で、
あなたがその日に使い切らなかった金額は
すべて消されてしまいます。

あなただったらどうしますか?
もちろん毎日 86,400ドル 全額を引き出しますよね。

私たちは皆同じような銀行を持っています。
それは 時間 という名の銀行です。

毎朝 私たちには 86,400秒 が与えられます。
毎晩 有効に使い切らなかった時間は消されてしまいます。
それは翌日に繰り越されません。
それは貸し越しできません。

毎日 あなたの為に新しい口座が開かれます。
そして 毎晩 その日の残高はゼロになります。
もし あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、
あなたはそれを失ったことになります。

過去に遡ることはできません。
あなたは、
今日与えられた預金の中から今を生きないといけません。

だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。
そして そこから健康、幸せ、成功のために
最大の時間を引き出しましょう。

時計の針は止まることなく時を刻んでいきます。

1年の価値を知りたければ、
落第した学生に聞いてみるといいでしょう。

1ヶ月の価値を知りたければ、
未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。

1週間の価値を知りたければ、
週刊新聞の編集者に聞いてみるといいでしょう。

1日の価値を知りたければ、
日雇いで子どもたちの食費を稼いでいる
労働者に聞いてみるといいでしょう。

1時間の価値を知りたければ、
待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。

1分の価値を知りたければ、
電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。

1秒の価値を知りたければ、
たった今 事故を免れた人に聞いてみるといいでしょう。

10分の1秒の価値を知りたければ、
オリンピックで銀メダルに終わってしまった
人に聞いてみるといいでしょう。

だから あなたに与えられた一瞬一瞬を大切にしましょう。
そして その時間をもっと大切にしましょう。
それを共有したい大切な誰かと一緒に過ごす
そのかけがえのない時間を。

そして忘れないで。
時間は誰も待ってくれないのです。

「昨日」はもう過ぎ去ってしまいました。

「明日」はまだわからないのです。

「今日」は与えられるものです。

だから、英語では「今」を プレゼント "present" と言うのです。



テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

コラム | 22:03:38 | Trackback(0) | Comments(0)
インドの教育機関に視察に行ってまいりました Part1
1月26日から28日までの3日間、インドのRustomjee International Schoolに視察に行ってきました。(http://www.rustomjee.com/education_ris.asp)

この学園は、幼稚園・小学校・中学校・高校・予備校・PCの専門学校・ビジネススクール(経営学校)を運営している、人口2000万人以上を誇るインド最大の商業都市ムンバイ(旧名:ボンベイ)でもトップ10に入る学校法人です。

3年後には、ムンバイ郊外にある160エーカーある土地に大学を開設します。つまり、幼稚園から大学までを経営する総合教育機関ということです。

ちなみに、このRustomjee International Schoolは、Keystoneグループというムンバイ最大の不動産会社の一員でもあります。


インドで歓迎される1
インド式の歓迎方法(ロウソクと煙で身を清める?)

インドで歓迎される3
学校経営者のハニーフ氏とがっちり握手

インドで歓迎される2
何十人もの先生達の列の間を歩き、花びらをかけてもらう


今回のインド訪問と学校視察は、インド人のビジネスパートナーであるランジット氏が、学校経営者のハニーフ氏を紹介してくださり、青藍義塾との業務提携の話が進む中でのものでした。

ランジット氏は、インドの王族の末裔で、USC(南カリフォルニア大学)でコンピューターサイエンス(人工知能)の博士号を持つ30歳のソフトウェア会社社長というすさまじい肩書きを持つ、青年実業家であり科学者という異色の方。(本当に素敵な方で、私は彼のことが大好きです)
ちなみに、このランジット氏のお父さんもスゴイ人で、世界でも有数のコンサルティング会社の社長さん。日本の有名どころでは、三井や三菱のコンサルをやっているようです。

また、学校経営者のハニーフ氏は、ケンブリッジで学んだ後ロンドン大学ビジネススクールでMBAを取得後、ランジット氏のお父さんのコンサル会社に就職。その後、12カ国以上でコンサルを行う。また、ドバイやシンガポールの経営大学院で教授として「企業戦略」のクラスを担当。さらに面白いのが、この人は「詩人」としても有名で、世界大会で審査員特別賞を受賞。また、ビジネス書を執筆し、マクミラン社より出版。その本がベストセラーになったり、彼自身が世界版の日経みたいな、ワールドエコノミー誌などに連載コラムなどを執筆するなど、とにかく、かなりのやり手であることは間違いありません。


日曜日であるにもかかわらず、学園の全ての先生が集まってくれ、生徒達も100人近く集まってくれていました。ちなみに、今回の来訪が後にインドで最大の発行部数を誇る新聞の「Indian Express」に掲載されました。

私は、今回の熱烈な歓迎に圧倒されました。

「え?! これどういうこと!?」

まさにそんな感じでして、何が起こっているのかよくわからない状態の中で、インド式の歓迎を受けました。

煙を吹きかけられたり、綺麗な粘着物を額に付けられたり、生花の首飾りをかけてもらったり、歩いているときに花をぶつけられたり・・・・・・。(結構これがカツンと当たるんです(笑))

写真を見ていただければ分かると思うんですが、とにかく、もう最大級の歓迎です。

インドの図書館にて
学校の図書館にて

インドの伝統舞踊
生徒さんがかわるがわる出し物や学校紹介をしてくださいました

インドでハニーフさんに説明を受ける
学校教育の中身を詳しく説明してくださいました


実際、インドの教育の中身を知ると、なぜアメリカやヨーロッパの大学や大学院の理系学部の教授のほとんどがインド人なのかが良く分かります。

なかなか文章にするのは難しいのですが、その秘密の一端を書かせていただきます。

例: 教科書の大きさ、分厚さが尋常ではない

  大きさは、A4サイズ。分厚さは英和辞書並み。

  小学1年生の数学で↑のレベル。

 「これ、1年でやるの? 小学校6年間でじゃなくて?」

 と叫ぶと、会場では笑いが。

 「日本では、この20分の1ぐらいなんだけど・・・・・・」

 と言うと、「えっぇ?」と驚きの声が上がる。

 小学1年生の算数の教科書の目次を見る。

 最初の項目に「0〜300の数」とある。

 「え? 日本では、0〜10なんですけど・・・・・・」そういうと、再び笑いが・・・・・・。

 「インドでは、3歳までに0〜10を学び、5歳で0〜100を学びます。小学1年生では、最初の1日で300までを復習感覚でさらっと学びますよ」


 そして、これが可能になるシステムが凄かったんです。とにかく脱帽の連続です。正直にいえば歯がゆかった。

 なんだかんだいっても日本の教育システムって良いものだと思っていました。世界に誇れると思っていました。でも、話にならないぐらい遅れていました。

 システムもそうだけれど、なにより先生達の熱意とレベルが半端ではなかったんです。


 校長先生レベルで、月収3万5000円。インドの平均年収よりだいぶ低いそうです。

 それでも、「教育において最も大事なことは何ですか」という私の質問に対して、末端の教師が間髪を入れずに、「Understanding Children」と答えるわけです。

 一つ一つの教材を作る手間を惜しまず、毎回の授業をしっかりと纏め、報告し、フィードバックし、研究する姿勢・・・・・・。

 残業代が少ないから部活動の顧問は嫌だなんて平気で言う、日本の先生達は、インドの先生達がもしきたら一発でクビだなと思えました。 (教育は、24時間365日、ほとんどボランティア精神がないとできないものだと信じています。本当の教育は)

 
 彼らは、5〜7つの言語を操ります。日本語も半年あれば覚えられる自信があるという。


 これから日本の労働者の人口が減るわけですが、日本の経済規模を維持するには外国人の移民を受け入れるしかなくなります。

 そんな中、やる気があり能力も高く、言語もたくさん話せて、給料も少なくてもOKで非常に素直なインド人と、日本人・・・・・・どっちを採用するか、、、、、私が社長ならいわずもがなですね。


 子供たちもまっすぐな目を持っていて、めちゃくちゃ意欲に溢れていました。

 子供たちと交流したのですが、質問タイムでは、ガンガン質問されました。

 「日本での学校の始業時間と就業時間は?」「日本の武道について教えてください」などなど。

 日曜日なのにわざわざ集まってきて、どうにか異国の人から学び取ろうという意識がありありなのですよ。


 A4サイズで英和辞書並みの教科書を小学1年生の時から使って大学まで学んだ場合、今の日本のゆとり教育で育った日本人の子どもと比べたら、そのレベル差ってどうなるんだろう・・・・・・。本気で恐ろしくなりました。

 しかも、その教え方のシステムが素晴らしすぎるというか、まさに「理想的」でした。

 逆に言えば、自分が思い描いていた理想的な指導スタイルは間違っていなかったなとは思いましたし、インドの先生方と指導方針のディスカッションをして、改めて、「間違ってなかった」と実感も持ちました。


 理論と実践・・・・・・いうのは簡単ですが、それを徹底しているのがインドの教育かと感じました。


 その後、具体的に相手の弁護士も交えて提携の話をしました。

 生徒の交換留学、先生の交換留学、指導システム(マニュアルなども)の交換、研究など、幅広い分野で、ジョイントベンチャーを作ってやっていこうという話です。

 また、AIを利用した教育ソフトウェアの開発などでも、提携してやっていきます。

 

 そうそう、面白いことが一つありました。


 複数の言語を喋るのが当たり前のインドでは、5歳まで二個目の言語の勉強はしないそうです。

 それまで徹底的に理数教育を行い、言語教育は5歳以降なんだとか。

 これまでの常識を覆す事実でした。


 「なんで? 赤ちゃんの間のほうが言語を学ぶのにいいっていうじゃないですか」

 との質問に、「なんでって言われても、それより小さいうちに数学などの勉強を必死でやらせるんだもの。それがインド式なの。でも、それで何カ国語も話せるようになるんだから、それでいいじゃない」

 と答えるランジット氏。


 その後、学園を後にして、ハニーフさん以外の教育関係者とも会食をホテルで共にしました。


 目から鱗満載の学校視察でした。


 そうそう。授業の進捗に関してですが、そもそもRustmjeeでは、インド政府の教育カリキュラム・アメリカの大学進学を目指したカリキュラム、イギリスの大学進学を目指したカリキュラムをそれぞれ中学から選べるんですよね。

 これが今までにない発想でした。確かに、これからの時代、教育カリキュラムをニーズに応じて「選ぶ」ことができるというのは大きいかも知れません。とりあえず、東大にいかせるノウハウはあるので、今後、青藍義塾では、ハーバードやケンブリッジ大学進学のノウハウをつめていきます。



 また、実は、インド式教育の面白いところは、 それだけ分厚い教科書を詰め込むだけではなく、 徹底的に、「実験」をさせる所なんですよね。 あと、テスト(というよりゲーム)をあらゆるところで行う。 そして、そのゲームや競争の結果をかわいい感じの装飾をして学校中に貼り付ける。(上位10位) 勉強の分野だけでなく、音楽や絵画、チェスやスウドクなどでも競争・ゲームをさせる。 そうすると、必然的に、なんらかの分野で自分の名前やチームが掲示されるわけです。 こどもたちは自分が得意な分野でさらに上に行けるようにガンガン競争する。 そう言う意味では、本当に個性重視でガンガン競争させています。


 あとは、とにかく、教科書重視ではなく、実験重視で「なるほど」と体感させる教育方法が素晴らしいですね。

理論を詰め込み→実験で実践する→理論の復習→競争

このサイクルをあらゆる要素に詰め込んでいる。


 「楽しい」「面白い」と、ゲームをやっている感覚でその糞分厚い教科書を子供たちがやっているんですよね。 恐るべしです、インド式。



 日本の勉強ってどうしても「勉強」じゃないですか。 そんな面白いものでもない。 でも、インドのやり方だと「ゲーム」なので、楽しいんですよね。

 あれは本当に凄い。

 そして、子供たちの夢が「医者と歌手」とか、「数学者と漫画家」とか、「ロケットを作るのと、音楽家」と、必ず、芸術分野と勉強分野の2つを挙げるところが凄いと思いましたね。

インドの教育は凄いぞと。 そういうバランスの取れた人間が育っているわけですから。


もちろん、競争を激化させると「落ちこぼれが出るのではないか」という意見もあるかもしれません。資本主義社会の縮図としての、落ちこぼれがいて当然という発想なんですけども、実を言うと、「あらゆる分野での競争」なので、全部に負けると言うことはあり得ないんです。

経済理論で言うところの、「リカード」の比較優位みたいな感じでしょうか。

例えば、ここにエリートのA君がいる。彼は、英語数学理科社会といったいわゆる学問系が得意。 そして、学問系が苦手なB君がいる。彼は、特に際だったものはない。

このB君がたまたまお絵かき大会で9位になったとします。A君は6位。

すると、お絵かきにB君は必死になって、次回に8位以上になろうとする。(そういう風に教師が持っていく)

B君は、お絵かきしかランキングに入っているものはないから、それに特化して練習する。 すると、他の「万能タイプ」の子より、熟練度が増して特化型の子になるっていう寸法です。

ここまでがインドの話。


 ちなみに、私が青藍義塾で目指しているのは、学校でビリの子を東大医学部に入れることです。

 あ、さらにちなみに、その子は別に医者になる必要はありません。

 東大医学部に入って、その後レコード会社に就職するも良し、ファッション関連で起業するも良し。漫画家になって、東大ブランドと医者ブランドを使って注目を集めるも良し。

 とりあえず、選択肢を増やすことが大事かなと。 そもそも、教育の本質は子ども達に「可能性」を見出させ、選択肢を作ることではないかと考えています。

 あとは、バカだと思われている子がもの凄い伸びると、周りに与える影響が凄まじいんですよね。だから、ビリの子だからこそ東大や慶応に入って欲しいと思っています。

 そういう子達がリーダーになれば、ビリの子達のことが良く分かるので、なおさらいいかなと考えています。

 理想論ではなく、これに関しては方法論がきちんとあります。 結局はいかにやる気にさせるかと、勉強方法をその子に応じて確立させてあげればできます。 (コーチングは大事ですがそれだけではだめです。特にびりの子をトップクラスにするためには絶対にそれだけでは足りません)

 下の方の子を普通にするとか、頭の良い子にトップを狙わせるというのは、本来「教育者」がする必要はなく、なんというか、ただ当たり前のことですよね。

 できない子をトップにするのが腕の見せ所なのではないかと思っています。


 あ、インドの先生方は末端レベルの方々まで、自信を持って同じことを仰っていました。しかも方法論まで同じだったので、そういう意味で「自分がやってたのは間違ってなかった」と思ったのでした。

 ただ、アプローチの仕方が少し違ったのが面白かったですし、勉強になりました。


 色んな意味で人間としても教育者としても一回り大きくなったように思えた3日間でした。






テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

コラム | 02:22:00 | Trackback(0) | Comments(0)
【イベント】無料セミナー:モスバーガー社長が東京より来名。中高生・大学生にセミナー
【イベント告知】

モスバーガー社長(一部上場企業:年商1000億円規模)の櫻田氏が、名古屋の学生を相手に、「日本のニューリーダーとして、学生時代にしておくべきこと」をテーマに講演。その後Q&Aもあり。


名古屋で、一流企業のトップに学生が接することができる機会はほとんどありません。無料ですので、ぜひお子様のご参加(学生)をお待ちしております。

要予約


日時:平成20年2月16日(土) 午後15時〜16時半予定

講演者:株式会社モスフードサービス社長  櫻田 厚 氏

講演内容:「日本のニューリーダーとして、学生時代にしておくべきこと」

講演対象者:名古屋の学生 および その保護者

空席状況:若干名

料金:無料

--------------------------------------------------------

「聴講の予約の仕方」

メールと電話の2種類があります。

『メールでの予約の仕方』

お名前、ご住所、ご連絡先(携帯可)、学校名、学年、参加人数(その名前)

を明記の上、info@seirangijuku.comにメールください。追って、空席の確認後、ご連絡差し上げます。


『電話での予約の仕方』

青藍義塾にお電話ください。(052-933-1555(代))
月曜〜金曜 午後4時〜午後10時まで。

そこで、「セミナー予約であること」と、「お名前、ご住所、ご連絡先(携帯可)、学校名、学年、参加人数(その名前)」をお伝えください。


なお、個人情報は厳重に保管し、執拗な勧誘・転用などは一切行いませんのでご安心ください。


テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

プレスリリース | 17:22:54 | Trackback(0) | Comments(0)
大学入試のシステムに関する説明Part2 私立編
今回は、私立大学の入学試験のシステムについて簡単に説明します。

私立大学はその名の通り、「私立」ですので、特に統一的なシステムはありません。
正直に申し上げますとまさに、好き勝手に選抜するわけです。

一般的には、文系の学部ですと「英語・国語・社会の1教科」の3教科で受験します。
理系の学部ですと「英語・数学・理科の1教科」の3教科で受験します。

中には、英語と国語だけの2教科とか、英語・国語・社会の1教科のみで試験を行うとか、そういう特殊な試験もありますし、もちろん理系ですと英語と数学だけ、数学と理科だけ、数学だけ・・・・・・なんていうのもあります。

また、慶應大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)などは、「英語と小論文」の2教科のみで選抜していたり、「小論文」を課す大学が増えてきたのが最近の傾向といえるでしょう。


また、国公立試験でほぼ必ず受けないといけないセンター試験を「利用して」大学入試を行うところも増えてきています。


とはいえ、実際、私立大学にとってこの「入学試験」というのは一番の収益源なのです。


一人が1回受験するごとに35000円ぐらいの受験料を支払ってくれるのです。
1000人が受験すればそれだけで、大学に3500万円のお金が入ります。

だからこそ、大学側としてみればできるだけ多くの生徒に、なんども受験機会を与えたいと考えるわけです。

1000人の定員を一発入試で決めるのではなく、100人ずつの定員で10回のチャンスを与えれば、1人につき何回も受験することになります。

A方式、B方式、M方式、F方式だの訳の分からない名前をつけて、とにかく何度も受験させようとします。

センター試験利用もまさにそれです。


しかも、センター試験利用は、受験生にとっても楽なので(なぜなら、私立用の勉強をする必要がないから)、みんな気軽に応募します。

すると当然、合格点が跳ね上がります。

例えば、慶應大学の法学部のセンター利用だと、毎年98%以上の得点率が必要だったりしますし、一般的に90%近い得点率がないと上位の大学には合格できません。

よって、センター試験利用はあくまで「おまけ」と考えた方がよいと思います。


といっても、なかなか心情的に受け入れることができないんですよね。


だから、個人的には「おまけのセンター試験利用」は、やめた方がよいのではないかと思っています。凹むだけですしお金がかかるだけですから・・・・・・。

たまたま良い点数を取れたら、まぁ出してみるか・・・・・・ぐらいの感覚でいるのが良いです。



あと、基本的に模擬試験は「センター試験型」ですが、根本的に私立大学の試験形式とは違うので、ハッキリ言って模擬試験の合格判定ほど私立大学受験であてにならないものはありません。あくまで目安や気休め程度にしかならないので、私大を目指している人は、模擬試験でE判定だったからと言って諦める必要は一切ないですし、逆にA判定だからと慢心するのは愚かなことだと言えます。

テーマ:大学受験 - ジャンル:学校・教育

進学情報 | 03:45:38 | Trackback(0) | Comments(0)